「マーケティングファネル」はもう機能しない——AI時代の顧客が動く「理解の密度設計」を行動経済学で解く

「マーケティングファネル」はもう機能しない

デジタルマーケティングのセオリーを行動経済学で紐解くシリーズ、3回目です。前の2回は、フォームの位置とボタンの色という、ページの部品の話でした。今回は設計図そのものを扱います。

先に結論から言うと、ファネルという地図は、いまの買い手の動き方をもう写しきれていません。ただ「ファネルは死んだ」と言うだけでは、明日のWeb改善は1ミリも動きません。何に置き換えるのか。そこまで書きます。

長年の羅針盤だった、あの逆三角形

Webマーケティングの世界には、長らく絶対の羅針盤とされてきた図がありました。逆三角形の顧客ファネル、あるいはカスタマージャーニーです。

まず認知を広げ、次に比較検討させ、最後に購買へ落とし込む。この段階設計を前提に、私たちはLPの導線を整理し、コンテンツを配置し、広告を打ってきました。私自身、この地図を手にして設計してきた側です。段階ごとに指標を置けるので、チームで共有しやすい。この図が長く使われてきたのには、ちゃんと理由があります。

あの階段は、いまの買い手の頭のなかで機能しているのか

しかし、ここで立ち止まります。あの綺麗な逆三角形の階段を、いまの買い手は本当に一段ずつ登っているのでしょうか。

登っているのは買い手なのか、それとも私たちの管理画面のなかのステージだけなのか。同じ図でも、そこがずれていると意味が変わります。

「段階的に態度変容を促すのが王道では」という声への先回り

「ステップを細分化して、段階的に態度変容を促すのが王道ではないか。他にどうやって設計するんだ」とお考えのマーケターの方も、大勢いらっしゃることでしょう。その通りで、この考え方は長く成果を出してきました。私も否定するつもりはありません。

問題は、地図が古びるときの古びかたです。地図というのは、前提が崩れても構造だけは残ります。ステージの名前も、指標も、管理画面もそのまま動き続ける。だから、ずれていることに気づきにくい。では実際に何が崩れたのか、数字で見ていきます。

検索は増え、クリックは減った

まず土台の数字です。Googleは2025年に、年間5兆回を超える検索を処理していることを公表しました。検索という行為そのものは、減っていません。むしろ増えています。

減ったのは、その先です。検索したユーザーがどこもクリックせずに終わる、いわゆるゼロクリック検索の割合を追い続けているのが、Rand Fishkin氏率いるSparkToroの調査です。SparkToroとSimilarwebの調査によれば、米国のゼロクリック率は2024年に60.45%、そして2026年1〜4月には68.01%に達しました。10年前は約45%です。この調査はSimilarwebのデスクトップとモバイルのパネルデータに基づくもので、Google検索アプリ内の検索は除外されているため、実際の数値はさらに高い可能性があるとされています。

背中を押しているのはAI Overviewsです。SparkToroの調査内で引用されたAhrefsのデータでは、AI Overviewsは全検索の20%超に表示され、それが出た場合のクリック率は約60%落ちるとされています。

ただし、この話には反対側の主張もあります。Google自身は、オーガニックのクリック総量は安定しており、いま届くクリックはむしろ質が高く購買に近いものになっている、という立場をとっています。だから「クリックが消えた」と単純化するのは正確ではありません。それでも、情報に触れる場所と順序が変わったこと自体は動かないと考えています。

インバウンドの本家で起きたこと

数字が生々しいのは、ここからです。

インバウンドマーケティングという言葉の生みの親である、米HubSpot。その主戦場だったブログの流入が、崩れました。SEOコンサルタントのSzymon Słowik氏がSurfer SEOで公開した分析によれば、HubSpotのブログのオーガニック流入は前年同月比で81%減。AhrefsとSemrushという別々のツールで測って、いずれも同じ81%という数字が出ています。Semrushのデータでは2024年1月の1,480万から2025年1月には約280万へ。Sistrixの可視性指数でも76%の低下です。

ここは出所を正確にしておきます。この80%前後という数字は、HubSpotが自ら壇上で発表したものではなく、第三者のSEOツールのデータに基づく外部分析です。HubSpot自身も後にブログで見解を出しており、マーケティング責任者は80%という数字そのものを否定したうえで、減少自体は起きていると認めています。流入減の一部は数年前から進めていた戦略転換によるもの——ページビューより影響力を重視し、YouTubeやポッドキャスト、ニュースレターへ軸を移していた——という説明です。数字を借りるなら、この留保も一緒に借りるべきでしょう。

そして2025年9月、サンフランシスコで開かれた同社の年次イベントINBOUND 2025。オープニングキーノートで、CEOのヤミニ・ランガン氏はこう切り出しました。私たち全員が従ってきた成長のプレイブックは、もう機能していない。買い手はかつて自社サイトのコンテンツから始めたが、いまは自社サイト以外のあらゆる場所にいる。ファネルの中間、つまり検討段階が壊れた。いまやGoogle検索の60%がゼロクリックで終わる。だからオーガニック流入が落ちている。人々はこれをトラフィックの終末と呼んでいる。壇上で語られた60%という数字は、先ほどのSparkToroの2024年の値と符合します。つまり、いま参照するなら68%のほうです。

一方で彼女は、コンテンツそのものが壊れたわけではないとも述べています。壊れたのは、検索から自社ブログへつながるリンクだ、と。そのうえで同社が発表したのが、ファネルに代わる新フレームワーク「The Loop(Loop Marketing)」です。Express(自社の立場を言語化する)、Tailor(相手に合わせて作り分ける)、Amplify(人とAIの双方がいる場所へ広げる)、Evolve(学習して更新する)という4つのステップが循環する構造です。

ここで押さえておきたいのは、HubSpotがファネルを捨てたのはこれが初めてではない、という点です。同社は2018年のINBOUNDですでにファネルを引退させ、フライホイールへの置き換えを宣言していました。つまり今回は、二度目の置き換えです。インバウンドの教科書を書いた会社が、自分で立てた新しい地図さえ7年で描き直している。この事実の重さは、The Loopの中身より大きいと考えています。

買い手は階段を登らず、密度を溜めている

さて、では買い手の頭のなかでは何が起きているのか。

サロンを予約するときのことを思い出してみてください。Instagramで施術例をなんとなく眺め、Googleマップの口コミを読み、友人の話を聞き、また別の日に投稿を見る。そしてあるとき、特別なきっかけもなく「もうここでいいか」と予約ボタンを押す。このとき、認知から比較検討へ段階を登った意識は、まったくありません。

起きているのはこうです。SNS、口コミ、Web、AI検索といった複数の経路から情報が同時並行で頭のなかに溜まっていく。そして、その密度が一定のラインを超えた瞬間に、いきなり行動へ移る。段階ではなく、閾値です。

BtoBでも構造は同じだと考えています。半年前に一度接点があったきりの相手から突然問い合わせが来て、話してみると社名も事例も把握されている。その間、こちらの管理画面上ではその人はどのステージにも乗っていません。溜まっていたのは、私たちの見えないところでした。

ファネルは「発掘」の思想だった——だが選好は「構築」される

ここで行動経済学の話をします。

従来のファネルは、顧客のなかにすでにある好みを掘り当てて掬い上げる、という発想でできています。ニーズは向こうにあり、こちらはそれを見つけて刈り取る。だから段階で切ることに意味がありました。

しかし、相良奈美香さんに教わったプレファレンス・コンストラクション(選好の構築)の視点に立つと、話が変わります。人の好みや判断は固定されたものではなく、選択肢の見せ方や文脈、何と並べて見せられたかによって、その都度つくられていく。つまりマーケターの仕事は、選好の発見ではなく選好の設計だ、ということです。買い手が密度を溜めながら動くのなら、私たちが向き合っているのは、まさにその構築の過程そのものになります。

ただ、ここで止まると何も変わりません。「理解を深めてもらおう」「密度を蓄積させよう」と抽象的に唱えるだけでは、実務のWeb改善は一歩も進まない。標語は設計ではありません。

「直線型ファネル」から「選好の構築」へ

実務に落とすなら、ステージではなく「商材特性」で切る

では、どう落とすか。私が現場で試しているのは、ジャーニーをステージで一律に切るのをやめて、自社商材の特性で切り分けるという方法です。

見ているのは、たとえばこのあたりです。

購買頻度と使用頻度。毎月買うものと、十年に一度のものでは、溜まる密度の速さがまったく違います。

System1/System2のどちらが支配的か。反射で決まる商材か、腰を据えて比較される商材か。前回書いたボタンの話も、結局ここに行き着きます。

意思決定のシーンと構造。個人が一人で決めるのか、社内の合議で決まるのか。BtoBで合議なら、買い手本人が納得するだけでは足りません。その人が社内で説明するための材料まで用意しないと、密度は組織のなかで溜まっていきません。

こうして切り分けたうえで、それぞれに最適化した選択アーキテクチャー——選択肢をどう設計するかで意思決定を導く仕組み——を、Web上に地道に埋め込んでいく。この作業に近道はありません。

これが、私たちが現場で試している「行動設計」の正体です。

(補足と、現場からの問いかけ)

もちろん、従来のファネル思考が100%役に立たないと言い切るつもりはありません。ただ、ステージで一律に切り分けるだけのジャーニーマップに頼っていると、実際の顧客の複雑な認知プロセスを見失ってしまう、という現場での実感からの問いかけです。

数字についても留保を添えます。ゼロクリック率は、調査主体、パネル、国、デバイス、クエリの種類によって変わります。ここに挙げた68%は米国のブラウザ経由の数字であり、日本の実態がそのまま同じとは考えていません。クエリの種類や国、デバイスによって数値は大きく振れるという指摘もあります。だからこそ、他社の数字で驚くよりも、自社のサーチコンソールの推移を見ていただきたい。おそらく、そこにも同じ方向の線が出ているはずです。

そして、これは私が現場で支援を続けるなかで考えている考察であって、実証された絶対的な分類ではありません。実務で違う手応えを得ている方や、近い研究をご存じの方がいれば、教えていただけるとうれしいです。


用語解説(グロッサリー)

本文で使った行動経済学の用語を、かんたんに整理しておきます。

用語 かんたんに言うと この記事での役割
プレファレンス・コンストラクション(選好の構築) 人の好みや判断はもともと決まっているのではなく、見せ方・文脈・比べる相手によってその場でつくられる。だから仕事は「欲しさを探す」ことより「欲しさが組み上がる過程を設計する」ことになる ファネルの「発掘」発想と対比される、AI時代の前提。買い手が密度を溜めながら動く仕組みの説明
選択アーキテクチャー 選択肢をどう並べ、どう見せるかを設計することで、意思決定の方向が変わるという考え方 商材特性で切り分けたあと、実際にWeb上へ埋め込んでいく具体策
System1/System2 System1は速く自動的な思考、System2は遅く意識的な思考。反射で決まる商材と、腰を据えて比較される商材の違いにあたる 商材特性を切り分けるときの判断軸のひとつ

※System1/System2はダニエル・カーネマンの概念です。


出典

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佐藤 聡(Akira Sato)

佐藤 聡(Akira Sato)

スマートスタイル・コンプレックス株式会社 代表取締役社長 兼 CEO。2011年創業以来、約200社のWebコンサルティングに携わる。化粧品ECでMA/CRMを運用し売上10億円規模への成長を経験した後、BtoBマーケティングへ軸足を移す。現在は行動経済学者・相良奈美香氏を顧問に迎え、行動経済学をWebの導線設計に実装する「行動設計」を主軸に、Web広告・SEO/LLMO・データ分析を横断した戦略立案を担う。岡山ビジネスカレッジ非常勤講師。3児の父、麻雀プロ(RMU所属)。X:@akirasato_ssc