広告は「目立てば伝わる」のか——媒体で変わる、人の見られ方と行動経済学
2026.09.20

これは、広告運用のなかで考えてきたひとつの考察です。実験で検証した話ではありません。ただ、現場で広告を見ているうちに見過ごせないと感じたことがあって、それを整理してみます。
先に結論から言うと、人は広告を二つの異なる回路で見ています。だから「目立つこと」と「伝わること」は、同じではありません。
広告に行動経済学はどう関わるのか
人が広告をどう受け取るかは、そのとき「考えて見ているか」「考えずに見ているか」で変わります。広告に行動経済学が関わるのは、まさにこの“見方の違い”を扱うからです。
先日、あるテレビCMを見ていて、手が止まりました。画面の最後、左で女優さんが動いていて、右に商品が置かれている。それだけの構図なのですが、何度見ても女優さんにしか目がいかないんですね。商品のほうはまったく頭に入ってこない(これは後で詳しく書きます)。
広告は目立てば見てもらえる、と私たちはつい思いがちです。でも、目立っていたのは女優さんであって、本来見てほしいはずの商品ではありませんでした。「目立つ」と「伝わる」がずれている。このずれがなぜ起きるのかを、行動経済学の言葉で一度ほどいてみます。
System1とSystem2とは何か
人の判断には、速くて自動的なモードと、遅くて意識的なモードの二つがあります。行動経済学の礎を築いた心理学者ダニエル・カーネマンが『ファスト&スロー』で整理した、System1とSystem2です。動くものに、考える前に目線が持っていかれるのは、前者のSystem1の働きです。
System1は、努力なしに勝手に動きます。目の前で何かが動けば、こちらが意図する前に視線がそちらへ向く。一方のSystem2は、注意を割いて意識的に働かせるモードで、文章を読んだり、価格を比べたりするときに動きます。
ここで、媒体の話につながる大事な点が一つあります。消費者心理学のレビュー研究では、自動的で速い処理(System1)と意識的で遅い処理(System2)のどちらが働くかは、状況によって変わる——どういう条件でどちらの処理が呼び起こされるかが決まる、と整理されています(Samson & Voyer, 2012)[^1]。つまり同じ人でも、そのときの状況しだいで、働く回路が変わる。
この「状況によって回路が変わる」という点を覚えておいてください。後で、広告媒体ごとに見られ方が違う、という話の土台になります。
なぜ「目立つ」と「伝わる」はズレるのか
目立たせる対象を間違えると、いちばん見てほしいものが視界から消えます。さきほどのCMで起きていたのは、これでした。
もう一度、あの場面です。画面の最後、左で女優さんが動き、右に商品が置かれている。私はそのCMを何度か見ましたが、毎回、動く女優さんに目を奪われて、右側の商品に視線が落ち着きませんでした。そこに商品名や価格の案内があったのかどうかすら、思い出せないほどです。
「動かして目立たせるのは広告の王道では」と思う方も多いでしょう。その通りで、動きをつけること自体は悪くありません。問題は、動かす先です。女優さんが動けば、System1は反射的にそちらを追う。その隣の静止した商品は、相対的に見えなくなる。目立たせることには成功していて、伝えたいものは伝わっていない。広告としての目的と、人の視線が向かう先が、ずれてしまっているわけです。
(もちろん、このCMが「女優さんの印象でブランドを覚えてもらう」狙いなら、これは失敗ではありません。商品の機能を伝えたいのか、雰囲気を残したいのか。狙い次第で評価は変わります。ここで言いたいのは、目立たせる対象と狙いがずれていないか、という点です)

広告媒体ごとに、人の見られ方はどう変わるか
同じ広告でも、媒体によって人が使う回路は変わります。受動的に流れてくるのか、自分から見に行くのか。その違いがSystem1とSystem2を分けます。
ここからは、私が現場で考えてきたことです。媒体ごとの認知処理を直接分類した研究は、調べた範囲では見つけられませんでした。ただ、媒体への関与の度合いが広告の処理や記憶に影響することは、複数の研究で示されています。広告効果に関する70本の研究を統合したメタ分析では、媒体コンテキストと広告記憶のあいだに有意な相関が確認され、特に媒体への関与が高いほど広告の想起が高まる傾向が報告されています(Kwon et al., 2019)[^2]。この「媒体への関与が処理を変える」という土台の上に、System1/System2という視点を重ねて、受動的に接触する媒体から、自分から見に行く媒体へと順に整理してみます。
テレビCM:受動・ながら視聴、System1が優位
テレビCMは、こちらが見に行くのではなく、向こうから流れてきます。だからSystem1が優位に働きます。
番組の合間にぼんやり眺めている状態では、人は腰を据えて考えていません。動くもの・派手なもの・感情に触れるものに、反射的に反応する。冒頭のCMで女優さんに目を奪われたのは、まさにこの状態でした。テレビでは、情報を細かく載せても処理されにくく、一瞬で残る印象や感情の手触りのほうが届きやすい媒体だと言えます。
屋外広告・看板:一瞬の接触、System1のみ
街頭の看板やビルの広告は、歩きながら・車で通り過ぎながらの一瞬しか接触しません。だからSystem1だけが働きます。
ここに細かい情報を詰め込んでも、読む時間がないので処理されません。テレビと違うのは、感情でじっくり惹きつける時間すらない点です。屋外広告で効果を考えるなら、一瞬で意味が通るシンプルな図や言葉に絞るほうが、人の見方にかなっているはずです。
Web・SNS広告:スキマ接触、System1優位だが文脈次第
Webやスマホのディスプレイ広告・SNS広告は、コンテンツの合間に差し込まれるスキマ接触です(自分で検索した結果に出る検索連動広告は性質が大きく異なるため、後述します)。基本はSystem1優位ですが、ユーザーが今どの文脈にいるかで変動します。
暇つぶしにスクロールしているだけなら、ほぼSystem1で、指は止まりません。一方、何かを比較検討して調べている流れのなかでなら、System2が働いている余地もあります。同じ枠でも、ユーザーの状態次第で回路が変わる。そこがこの媒体の難しさです。
音声・ポッドキャスト広告:ながら聴取、視覚を奪わない
音声広告は、視覚を一切奪いません。これが他の媒体と決定的に違う点です。
ながら聴取——運転中、家事中、移動中——が中心なので、聞き手の手や目は別の作業に使われています。System1かSystem2かは、その作業の重さ次第で変わってきます。単純作業のBGMとして流れていれば耳に残る程度、内容に関心があって耳を傾けていれば、より意識的に処理される。視覚情報がない分、繰り返しや音の印象が記憶に残りやすい媒体です。
タクシー広告:移動中の手持ち無沙汰、意外とSystem2寄り
タクシーの後部座席の動画広告は、ブランディング系が多い印象ですが、見られ方としては能動的な媒体に近いのかもしれません。
理由は、乗客の状態です。スマホを見ていなければ、目の前のモニターを案外じっくり追っている。私自身、手持ち無沙汰でつい最後まで見てしまうことがあると考えています。動画なのでテレビと同じくSystem1寄りに思えますが、「移動中で他にやることがなく、時間に余裕がある」という状況が、System2を働かせる余地を作っているのかもしれません。先ほどの「状況しだいで働く回路が変わる」という整理とも、方向は合っています。(これは正確に検証した話ではなく、自分の乗車中の実感です)
電車の中吊り広告:自分から読みに行く、System2寄り
中吊り広告は、乗客が自分から目を上げて読みに行くので、System2が働きやすい。
これは相良奈美香さん(行動経済学者)に教わって、意外に感じた話でした。中吊りはむしろ「考えて読む」媒体だ、と。電車内で手持ち無沙汰な乗客が、文字の多い広告をじっくり追っている場面は、確かによく見かけます。受動的に流れてくるテレビと、自分から読みに行く中吊りでは、同じ「広告」でも使っている回路が違うわけです。(ただし全員がスマホを見ている車両なら、この前提は崩れます。広告に目を向ける余地がある場合の話です)
新聞・雑誌(紙):腰を据えて読む、System2が深く働く
新聞や雑誌は、読者が時間をとって読みに行く媒体です。中吊りと同じ能動的な接触ですが、滞在時間が長い分、System2がさらに深く働きます。
文字を追い、内容を理解し、関心のある記事には時間をかける。広告も、その流れのなかで比較的じっくり読まれる余地があります。図解や文章で論理的に説明する広告が成立しやすい媒体です。
検索連動広告:自分で検索した直後、System2が全開
検索連動広告は、ここまでの媒体と決定的に違います。ユーザーが自分で検索した直後に出るため、すでにSystem2が全開になっている状態に届きます。
「調べよう」と思って検索した時点で、その人は能動的に情報を探し、比較し、判断しようとしています。最も意識的な状態の相手に届く広告枠だと言えます。だからここでは、印象や感情よりも、検索意図にどれだけ的確に応えるかが重要になってきます。同じWeb上の広告でも、スキマに差し込まれるディスプレイ広告とは、相手の回路がまるで逆だという点が重要です。
媒体×System1/System2 早見
受動的に接触する媒体から、自分から見に行く媒体へと並べると、こう整理できます。
| 媒体 | 接触のしかた | 優位な回路 | 設計の向き |
|---|---|---|---|
| テレビCM | 受動・ながら視聴 | System1 | 一瞬の印象・感情。情報過多は不向き |
| 屋外・看板 | 一瞬の接触 | System1のみ | シンプルな図・言葉に絞る |
| Web・SNS(検索連動を除く) | スキマ接触 | System1優位・文脈で変動 | ユーザーの状態に合わせる |
| 音声・ポッドキャスト | ながら聴取・視覚を奪わない | 状況依存 | 繰り返し・音の印象で残す |
| タクシー | 移動中・手持ち無沙汰 | System2寄り(状況依存) | ブランディング+やや踏み込んだ内容も可 |
| 中吊り | 能動・自分から読む | System2寄り | 文字情報・じっくり読ませる内容が成立 |
| 新聞・雑誌(紙) | 腰を据えて読む | System2が深く働く | 論理的・説明的な広告が成立 |
| 検索連動 | 自分で検索した直後 | System2が全開 | 検索意図に的確に応える |
※この表は、媒体ごとの「見られ方」を整理した私なりの考察です。System1/System2はカーネマンの概念に基づきますが、媒体への適用は考察であり、実証的な分類ではありません。
自分の広告を、この視点でどう設計し直すか
広告を設計するときの出発点は、クリエイティブの派手さではありません。その広告を「どこで・誰が・どんな状態で見るか」です。
ここまで見てきたように、同じ広告でも、受け手の状態によって働く回路は変わります。テレビの前でぼんやり眺めている人と、検索した直後で答えを探している人とでは、向き合い方がまるで違う。にもかかわらず、私たちは媒体をまたいで同じ素材を使い回しがちです。受動的に眺める相手に向けて作った素材を、自分から答えを探している相手にそのまま当てても、相手の回路に合いません。
冒頭のCMで起きていたのも、これと同じことでした。動かす対象と、見てほしいものがずれていた。媒体環境の研究が示すのは、媒体への関与の度合いが広告の届き方を左右するという事実です。だとすれば、媒体ごとに「相手は今どちらの回路で見ているか」を考えてから、目立たせ方を決める。その順番が要るのだと考えています。
具体的には、こう問い直すと整理しやすいはずです。
- この媒体で、相手はSystem1で見ているか、System2で見ているか
- System1なら、一瞬で残る印象・感情に絞れているか。情報を詰め込みすぎていないか
- System2なら、じっくり読むに値する中身があるか。印象だけで終わっていないか
- 同じ素材を別の媒体に流用するとき、相手の回路は同じか。違うなら作り替えるべきではないか
ひとつ補足しておきます。System2に向けて届いた、で終わりではありません。相手が意識的に考えはじめたとして、その思考にはアンカリングや損失回避など、さまざまなバイアスが働きます。System2の相手に何をどう見せるかは、本来そこまで踏み込んで設計すべき領域です。本稿では立ち入りませんが、この「考えはじめた相手の中で何が起きているか」については、また別の機会に改めて考察します。
最後に、これは考察である、という最初の断りに戻ります。媒体ごとのSystem1/System2の整理は、私が現場で考えてきたものであって、実証された分類ではありません。もし媒体ごとの認知処理を扱った研究や、近い議論をご存じの方がいれば、教えていただけるとうれしいです。自分でも探している途中なので、参考にして考えを更新したいと思っています。
ただ、たとえ厳密な分類でなくても、「この広告は相手のどちらの回路に向けて作っているのか」と一度立ち止まって問うだけで、目立たせ方の精度は変わってくるはずです。次に広告を作るとき、あるいは目にするとき、その一点を意識してみてください。
参考文献
[^1]: Samson, A. & Voyer, B. G. (2012). Two minds, three ways: dual system and dual process models in consumer psychology. AMS Review, 2(2-4), 48–71. 全文(無料): http://eprints.lse.ac.uk/47252/ / DOI: https://doi.org/10.1007/s13162-012-0030-9
[^2]: Kwon, E. S., King, K. W., Nyilasy, G., & Reid, L. N. (2019). Impact of media context on advertising memory: A meta-analysis of advertising effectiveness. Journal of Advertising Research, 59(1), 99–128. DOI: https://doi.org/10.2501/JAR-2018-016
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